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【イラスト図解 ファラデーの「錆びない鉄」】

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題名イラスト図解 ファラデーの「錆びない鉄」
著者田中 和明
出版社秀和システム新社
出版日2026年4月
価格2,200円(税込)

名著『ろうそくの科学』で知られる天才、マイケル・ファラデー。電磁気学の父として名高い彼の歩みには、実は知られざる「空白の10年」が存在します。それは、彼が電気の道へ進む前、22歳から心血を注いだ「金属学」への熱狂の日々でした。

本書は、金属の専門家である著者が、イギリス王立研究所の地下に眠っていた「秘密の木箱」を調査し、歴史の襞に埋もれた真実を掘り起こした歴史・科学エンターテインメントです。

舞台はナポレオンが駆け抜け、科学界のレジェンドたちが躍動する19世紀欧州。製本工から這い上がった青年は、いかにして時代を「100年先取りしたステンレス鋼」を創り出し、そしてなぜそれを封印したのか?

これまで名著から省かれ続けてきた「白金の講義」の謎。彼の最終講演のテーマが、なぜ電気ではなく「金属」だったのか――。その謎を解き明かすとき、教科書の肖像画からは想像もつかない、冒険心あふれる“ヤング・ファラデー”の素顔が現代に蘇ります。

100年の時を経て発見された「錆びない合金」のサンプルが語る、天才の執念と科学のロマン。すべての技術屋と知を愛する人へ贈る、最高に熱い「温故知新」の物語です。教科書が教えない科学史の裏側に、あなたも触れてみませんか。

引用:秀和システム新社

ポイント

  • 知的好奇心が旺盛だったファラデーは、本格的な学校教育こそ受けてこなかったが、幅広い科学知識を得る機会に恵まれて、独学で化学を学んでいた。
  • ファラデーが熱中した研究テーマの一つが、インド産の高品質な鋼「ウーツ鋼」であった。そしてウーツ鋼の分析から得た知見をもとに、より優れた合金鋼の開発を目指し、新たな挑戦を始めたのである。
  • 1822年3月21日、ジェームス・ストダートとファラデーは、王立協会で「鋼の合金」に関する論文を発表した。ところが、この発表を最後にファラデーによる合金研究の報告は途絶えてしまう。また、発表時に展示されたとされる79個の合金サンプルも木箱に封印され、長く人々の目に触れることはなかった。

サマリー

製本工から科学の道へ

1791年にイギリスで生まれたファラデーは、13歳でジョージ・リーボーが経営する書店に、製本工の見習いとして雇われることになった。

そして、店に持ち込まれる本を自由に読めるという製本工ならではの特権を通じて、科学の道に進みたいという思いを強めていく。

知的好奇心が旺盛だったファラデーは、本格的な学校教育こそ受けてこなかったが、幅広い科学知識を得る機会に恵まれて、独学で化学を学んでいたのである。

リーボー書店での年季奉公が終わりに近づく頃、ファラデーは科学の道に進みたいと考えていた。

自身でも科学実験を行っていたファラデーは、王立研究所の科学者であるデービーに強い関心を抱いていた。

友人のアドバイスもあり、デービーの講演記録を美しい本に製本して本人に送ったことがきっかけとなり、助手として王立研究所に採用される。

その後、フランスの敗戦やナポレオンの百日天下など歴史の変わり目に、ファラデーは助手としての過酷な下積みに耐えながら、憧れの恩人デービーの大陸旅行に一年半同行したのである。

こうして科学の世界に入ったファラデーは、後に「神秘の鉄」と呼ばれたインドのウーツ鋼の分析をきっかけに金属研究に取り組んでいく。

金属科学者としてのファラデー

若き日のファラデーは、少なくとも1824年までは化学研究、とりわけ合金鋼研究に明け暮れていた。

のちの電磁気の研究者としてのファラデーとは、別人のような印象である。

ファラデーが熱中した研究テーマの一つが、インド産の高品質な鋼「ウーツ鋼」であった。

古くから製鉄が盛んだったインドで生み出されたウーツ鋼は、強度と切れ味に優れた素材として珍重されていた。

イギリスでのウーツ鋼研究は、18世紀の終わり頃に始まった。

その調査を任されたのが、金属に詳しい刃物職人のジェームス・ストダート氏である。

ただし、ストダートは優れた刃物職人ではあったものの、ウーツ鋼の性質を科学的に解明するには限界があった。

10年にわたり研究を重ねても十分な成果を得られなかったストダートは、デービーに相談を持ちかけた。

デービーは、「王立研究所には今ファラデーという若い研究者がいる。彼ならば君の手助けができるかもしれない」と、彼を紹介したのである。

ストダートとの共同研究を通じて、ファラデーは金属研究に深くのめり込んでいく。

そしてウーツ鋼の分析から得た知見をもとに、より優れた合金鋼の開発を目指し、新たな挑戦を始めた。

錆びない合金鋼を作りたい

当時から、隕石由来の鉄である「隕鉄」は錆びにくく、その成分としてニッケルが含まれていることが知られていた。

そこでファラデーは、隕鉄を手本に鉄へニッケルを加えた「人工隕鉄」の製作に挑戦したのである。

しかし、この合金は加工しやすく十分な硬さを持つ一方で、湿気の多い環境では錆びてしまった。

また、錆びにくさを高めようとニッケルの割合を増やすと、今度は硬くなりすぎて加工が困難になるという問題が生じた。そのため、ファラデーはこの方法での実用化を断念している。

それでも彼は研究を諦めなかった。

白金やロジウム、金、銀、ニッケル、スズなど、さまざまな金属を鉄と組み合わせる実験を重ね、より優れた合金鋼の開発を目指した。

こうしてファラデーの合金研究は、ますます熱を帯びていくのであった。

ファラデーが取り組んだ合金研究は、単に丈夫な刃物を作るためだけのものではなかった。

異なる金属を組み合わせることで、それぞれの性質を活かした新しい材料を生み出そうとする試みであり、現代の材料工学にも通じる発想だった。

1822年、「鋼の合金」について

1822年3月21日、ジェームス・ストダートとファラデーは、王立協会で「鋼の合金」に関する論文を発表した。

これは数年にわたる研究成果をまとめたものであったが、論文には研究がまだ途上であり、今後も継続する予定であることが記されていた。

ところが、この発表を最後にファラデーによる合金研究の報告は途絶えてしまう。

また、発表時に展示されたとされる79個の合金サンプルも木箱に封印され、長く人々の目に触れることはなかった。

当時のファラデーは、合金鋼の開発に情熱を注ぐ若き研究者だった。

しかし、その後彼の関心は電気や磁気の研究へと移り、やがて電磁気学の発展に大きな足跡を残すことになる。

ファラデーの「錆びない鉄」への挑戦は途中で幕を閉じた。

しかし、その探究の足跡は後の特殊鋼やステンレス鋼の発展へとつながり、現代にも受け継がれているのである。

From Summary ONLINE

本書は、電磁気学の父として知られるファラデーの、あまり語られることのない「金属研究者」としての姿に光を当てたものである。

貧しい製本工見習いから科学者となったファラデーは、電磁気学で大きな功績を残した一方、「錆びない鉄」を求める研究にも挑戦していた。

彼の「錆びない鉄」への探究は完成にこそ至らなかったが、その後の科学技術の発展に大きく貢献するものであった。

私たちにも、努力がすぐに結果に結びつかないことは多々ある。

しかし、長い目で見れば、「あの頑張りがあったからこそ今がある」と思える日が来るかもしれない。

本書は、歴史に残る偉大な発見だけでなく、その背景にある試行錯誤に目を向ける大切さを教えてくれる一冊である。  

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