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【性風俗のいびつな現場】

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目次

インフォメーション

題名性風俗のいびつな現場
著者坂爪真吾
出版社筑摩書房
出版日2016年1月
価格902円(税込)

 

 わずか数千円で遊べる激安店、妊婦や母乳を”売り”にする店、四〇から五〇代の熟女をそろえた店など、店舗型風俗が衰退して以降、風俗はより生々しく、過激な世界へとシフトしている。さらに参入するハードルが下がり、多くの女性が働けるようになった反面、大半の現場では、必ずしも高収入にはならない仕事になっているのが実態だ。それでは、これから風俗はどこへ向かっていくのだろうか。様々な現場での取材・分析を通して、表面的なルポルタージュを超えて、風俗に画期的な意味を見出した一冊。

引用:筑摩書房

ポイント

  • 性風俗は一般就労が難しい人の「最後の受け皿」と化し、貧困層が集中している。
  • 妊婦専門店や激安店など特異な業態は、現代の社会問題を如実に反映している。
  • 否定や放置でなく「容認」と支援の仕組みづくりが必要。

サマリー

はじめに

現代日本の性風俗産業は、かつての「店舗型」が衰退し、デリバリーヘルス(デリヘル)などの無店舗型が主流となっている。

サービスの形態は多様化し、激安店、熟女専門、妊婦や母乳専門といった特化型の業態が次々と現れる。

参入のハードルが下がった一方で、現場はいびつさを増している。

風俗で働く女性たちの多くは、経済的貧困や社会的孤立、病気や障害といったハンディキャップを抱えざるを得ない状況に追い込まれている。

本書はその実態を現場取材によって浮かび上がらせ、さらに司法・福祉・社会との接点から、この産業をどう理解し、どう支えていくべきかを問い直している。

性風俗の変貌と拡大する「周縁」

風俗は「高収入」の代名詞として語られることが多いが、実際の現場は過酷で不安定である。

時給換算すれば最低賃金を下回ることすら珍しくなく、稼げる人と稼げない人の格差は極端に大きい。

顧客単価の低下、過剰サービス化、店の乱立による価格競争などにより、安定した稼ぎを得られる女性はごく少数に限られている。

かつて華やかに見えた世界は、いまや一般就労が難しい人の「最後の受け皿」として、社会の周縁に追いやられた人たちの逃げ場、あるいは生き延びる手段となっている。

この「受け皿」としての機能があるからこそ、風俗は容易にはなくならない。

しかし同時に、働く人々のリスクは拡大し続けている。

最底辺に追いやられる女性たち

取材を通じて浮かび上がるのは「最底辺貧困女子」と呼ばれる人々である。

彼女たちは自発的に風俗を選んだわけではない。

生活保護にアクセスできない、家族との縁が切れている、DVや虐待の経験がある、精神疾患や発達障害を抱えているなど、複数の要因が重なった結果、風俗に辿り着く。

社会制度は本来、困窮した人々を支えるべきだが、福祉の網から漏れ落ちた人は多い。

理由は、申請の複雑さ、スティグマ(偏見)、制度を使うための情報や支援者が不足していることにある。

こうした人たちにとって風俗は、唯一「即日現金」が得られる場であり、ある種のセーフティネットとして機能している。

しかしその裏側でさらなる搾取や孤立、心身の疲弊が進む。

特異な業態とその背景

本書ではいくつかの特異な風俗業態を取り上げ、現場の声を伝える。

「障害者によるデリヘル起業」

障害を抱える人が、自ら働けない状況から逆に「経営者」としてデリヘルを立ち上げるケースがある。

これは「弱者の起業」ともいえるが、制度や支援が不足する中で選ばざるを得ない道である。

「妊婦・母乳専門店」

妊婦や母乳を売りにする店舗は、一見異常とも映る。

しかしそこには、経済的困窮や夫からの支援不足により、妊娠中でも働かざるを得ない現実がある。

同時に、顧客の「特殊性癖」を受け止める場として成立してしまっている。

「激安店」

いわば「風俗の墓場」ともいうべき場所。

採用されなかった女性、年齢や容姿で不利な女性でも働ける。

しかし賃金は極端に安く、健康被害や過酷な労働条件がつきまとう。

「地雷専門店」

「他店で断られた女性」をまとめて受け入れる店。

客側も「地雷」と呼ばれる女性に出会うことを前提に来店する。

市場論理の歪みが、逆に「地雷を商品化する」という構造を作り上げている。

「熟女専門店」

一見ニッチな市場だが、需要は安定している。

年齢を重ねた女性が働ける場を提供している点では意味があるが、やはり低賃金や不安定さは共通している。

これらの業態は「異様」なものに見えるが、実際は社会の構造的問題、すなわち福祉制度の限界、孤立、貧困の連鎖を映し出す鏡である。

福祉・司法との接点「風テラス」の試み

著者が関わる「風テラス」は、風俗店の待機部屋などを訪問し、弁護士や社会福祉士が無料相談を行う活動である。

これは、働く女性たちが役所や法律相談所には決して足を運ばないことを前提にした「アウトリーチ型」の支援である。

相談内容は、借金、DV、養育費、生活保護、病気、子育てなど多岐にわたる。

重要なのは、彼女たちが「風俗で働いている」という事実を隠さずに話せる場所を作ることである。

風俗という仕事が「恥」や「犯罪的なもの」としか認識されていない現状では、制度に接続すること自体が難しい。

風テラスはその橋渡しを目指している。

否認でも黙認でも公認でもなく「容認」へ

社会には、風俗を「規制し排除せよ」という声と「黙認して放置せよ」という声がある。

著者はどちらにも与せず「容認」こそが現実的であると説く。

つまり、規制を設けて安全と権利を守りつつ、働く人々を保護する仕組みを整えるべきだと主張する。

これは、単に風俗を合法化するか否かという議論ではなく「そこにいる人々をどう支えるか」という視点である。

現場に寄り添うソーシャルワーカーや支援制度を組み込み、社会の一部として受け止めることが不可欠だと訴える。

本書の意義と問題提起

『性風俗のいびつな現場』は、センセーショナルな取材記ではなく、風俗を社会問題として捉え直す書である。

取材対象の女性たちの声は悲痛でありながらも「生きるために風俗を選んだ」という切実さが貫かれている。

その声を無視して「風俗はけしからん」と切り捨てることは、彼女たちの存在そのものを切り捨てることに等しい。

本書は風俗をめぐる偏見と無関心を打破し、司法・福祉・社会がどう連携し得るかを探る。

現状は制度と現場の乖離が大きく、著者の提案は実現に時間がかかるだろう。

しかし「容認」という視点は、従来の「否定か放置か」という二分法を超える新たな問題提起である。

現代の性風俗は一般就労が難しい人の「最後の受け皿」と化している。

そこに働くのは、福祉や家族からこぼれ落ちた女性たちであり、選択というより「生存のための最終手段」である。

妊婦専門店や激安店といった特異な業態は、異常ではなく社会問題の帰結である。

「風テラス」の活動は、制度と現場をつなぐ試みであり、今後のモデルとなる可能性を持つ。

必要なのは、否定でも放置でもなく「容認」「支援」であり、夜の現場にも届く福祉・司法の仕組みを整えることである。

From Summary ONLINE

本書は、単なる風俗業界の現状を描いたものではない。

そこから現代社会の貧困問題へと視野を広げ、さらに風俗で働く人々をどう救い、福祉とつなげていくかという課題を提起している。

タイトルからは想像しにくいほど、多面的な思考を促す一冊である。

風俗を切り口に、女性の貧困や福祉制度の不備、社会の偏見といった複雑な問題を照らし出し、深い考察を迫ってくる。

従来の「不健全」というステレオタイプとは一線を画し、社会のあり方そのものを問い直す内容となっている。

読者に突きつけられるのは「あなたはこの現実を見なかったことにするのか、それとも社会の課題として受け止めるのか」という問いである。

風俗に縁のある人もない人も本書をぜひ手に取り、風俗を「他人事」ではなく「自分事」として捉えるきっかけにしてほしい。

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