インフォメーション
| 題名 | 警察官のこのこ日記――本日、花金チャンス、職務質問、任意でご協力お願いします |
| 著者 | 安沼 保夫 |
| 出版社 | 発行 三五館シンシャ/発売 フォレスト出版 |
| 出版日 | 2025年2月 |
| 価格 | 1,430円(税込) |
「ノルマに駆けずり回る仕事」
警察小説には描かれない
おまわりさんの事情
――配属ガチャ、ハズレました
本書をきっかけに警視庁内で「犯人探し」が始まるかもしれない。私に対する非難や中傷もあるだろう。だが、誰になんといわれようと、本書にあるのはすべて私が実際に体験したことである。
――現場で汗を流す末端の警察官の、よいことも悪いことも含めたリアルな姿を描きたいと思う。
引用:フォレスト出版
ポイント
- 警察については、小説、テレビドラマなどたくさんの作品があるが、“本当の現場”を描いたものはどこにもない。本書にあるのは、末端の警察官のリアルな姿である。
- 地域警察官の仕事は、職質検挙と交通取り締まりの件数で評価される。月末の「花金」は、酒を飲んだ帰りに路上に停めてある自転車を失敬する人が増えるので、検挙数を増やす“チャンス”である。
- 刑事生活において最大の事件は、被疑者が執行猶予中の元自衛官である、自転車盗だった。執行猶予中の者の犯罪を認知したら、原則逮捕して速やかに処理しなければならない。逮捕状請求を最短でするために忙殺された。
サマリー
まえがき
警察については、小説、コミック、テレビドラマや映画までたくさんの作品がある。
警察官になりたてのころは、勉強も兼ねて、そうした警察モノを見たり読んだりしていたが、だんだん遠ざかった。
“本当の現場”を描いたものはどこにもなかったからだ。
だからこそ、末端の警察官のリアルな姿を描きたいと思った。
本書には、痛快な逮捕劇も勧善懲悪の物語も載っていない。
それこそがありのままの警察の世界なのだ。
着任
警察学校卒業後、調布署に着任し、地域1係、布田交番勤務を命じられた。
布田交番1係は、50歳くらいの浦口巡査部長と、40すぎの神宮司巡査長と、新人の私の3名で、神宮司巡査長が私の「指導巡査」となった。
浦口巡査部長と私が交番内にいたときのこと。
私が作成した「被害届」を眺めながら、浦口は「ああ、やっぱりな」などとつぶやいている。
「どうしましたか?」
「こんなんじゃダメだ」
その被害届はさきほど神宮司から及第点をもらったものだ。
「神宮司は基本を教えないのか。ダメだなあ。これじゃ新人が育たんなあ」
ほかにも、「神宮司はこの署に来てから一度も検挙がないんだ。ああなっちゃダメだぞ」と嘆いたりした。
そのくせ神宮司本人には直接注意しない。
すべて私に向かっての陰口なのだ。
一方の神宮司も、何かにつけて係長たちの悪口を言う。
“どっちもどっち”だ。
着任して数週間のうちに、配属ガチャに外れた気分になるのだった。
花金チャンス
「さあ、今日は給料日後の花金ですからね。チャンスですよ!」
統括係長がハッパをかける。
月末の金曜日には、酒を飲んだ帰り、終電を逃すなどして、路上に停めてある自転車を失敬する人が増える。
検挙数や交通違反取り締まり件数を増やす“チャンス”なのだ。
地域警察官の仕事がどう評価されるかといえば、職質検挙と交通取り締まりの件数だ。
事実上のノルマもあり、「成績」が悪いと脅される。
この宿命から逃れることはできない。
だから、パトロールよりも、成果が出やすい自転車検問に専心するようになる。
「どうしても“売上げ”があがらないときは、放置してあるカギの壊れた自転車を見つけておく。それを監視していれば酔っ払いがやってくる」とは、神宮司センパイの教え。
違法ではないが、新人の私は、さすがにこの奥の手を使う気にはならなかった。
プロの流儀
私は杉並区のT署に異動になり、留置係に赴任した。
鉄格子で閉ざされた薄暗い部屋、凶暴な犯罪者と高圧的な看守……というような、古いテレビドラマに描かれたような世界はもうない。
鉄格子はあるが、明るくて風通しもいい。
とりたてて反抗的な人もおらず、われわれが高圧的な態度をとる必要もない。
暴力団の親分が入ってきたことがある。
ある指定暴力団傘下の組長だったが、それはすぐに同室の被留置者に伝わったようだ。
被留置者たちは、それ以来よく規律を守るようになった。
点呼の際も、親分以下全員が等間隔で待機しており、キビキビと返事を返してくれる。
1室の定員は5名。
さながら小さな“一家”であった。
洗面においても、被留置者が一列に並んで歯磨きをするようになった。
親分は口をゆすぐとき、腰を屈め、洗面台に顔を近づけて水を吐き出す。
「なんでそうしているんですか?」
と尋ねると、
「こうすると水が跳ねないでしょ?隣に水がかかったとかでケンカになったりするんです。ムショで揉め事起こせば仮釈が遠のきますからね」
その道のプロにはプロの流儀があるのだ。
私は深く納得し、サウナや温泉では、周囲に水が跳ねないように心掛けるようになった。
刑事人生最大の事件
留置係を経て、ついに私は憧れの刑事課へ。
新宿署や渋谷署にくらべると、T署はゆったりしていた。
ある当直勤務中、暁の空を眺めながらカップラーメンをすすっていると、地域課から内線電話。
「はい、刑事課。自転車盗?それなら地域課で処理できますよね」
「被疑者が元自衛官らしくて、しかも執行猶予中らしいんですよ」
「し、しっこうゆーよ!?」
カップラーメンを噴き出しそうになる。
執行猶予中の者の犯罪を認知したら、原則逮捕して速やかに事件を処理することとされている。
処理にモタついていると、執行猶予期間が満了してしまう可能性があるからである。
地域警察だけでは処理できず、われわれ捜査課で対応しなければならない。
逮捕状請求には、証拠や書類が必要で、とにかくやることがたくさんある。
ふつうは数日かけて逮捕状をとるのだが、時間がない。
係長の指示に従って、先輩刑事たちは書類を次々に仕上げ、駆け出し刑事の私は、まずはコピー係。
その後、捜査車両に飛び乗って役所へ行き、被疑者の戸籍謄本をゲットした。
記載の住所が把握していたところと違うが、同じ区内だし、氏名と生年月日、本籍と出生地は一致している。
戻って意気揚々と戸籍謄本を手渡したところ、先輩方の顔色が変わった。
「住所が違うぞ!逮捕状、全部書き直しだ。なんでもっと早く言わないんだよ!」
逮捕状の住所は戸籍謄本と同一でないとまずいという。
ひと悶着あったものの、書類が揃うとパトカーを緊急走行で飛ばし、裁判所に令状請求へ。
令状が到着し、やっと逮捕手続きが終わったのは午後6時。
わずか数カ月の刑事生活において、これが最大の事件だった。
From Summary ONLINE
本書は、小説のようなドラマチックな内容ではないが、「ノルマ」に追われたり事務処理をしたりと、あまり知られていない警察官の現実が描かれていて興味深い。
しかし、下着泥棒も本格的には捜査してくれないようだし、パトロールよりも自転車窃盗を捕まえることが重要視されているなど、読んでいると警察への不信感が出てきてしまう場合もある。
今は、時代が変わって、そういう状況が変化していることを願う。
意外とおもしろいのが欄外にある補足で、用語の説明だけでなく裏事情なども満載なので、マニアックな情報を知りたい人にはおすすめ。